僧侶的  いま・ここ

仏教とは、仏の教え、つまり、ものの見方の事                 【禁】複製・転載

生きて今あるは

たった一人しかいない自分を
たった一度しかない人生を
ほんとうに生かさなかったら
人間 生まれてきたかいがないじゃないか


この言葉は、山本有三の小説『路傍の石』にあります。
主人公の愛川吾一少年の過ちを、担任の先生が諭した言葉です。


たった一人しかいない自分を
たった一度しかない人生を
ほんとうに生かさなかったら
人間 生まれてきたかいがないじゃないか


いかがでしょうか?
人間 生まれてきたかいがないじゃないか、これを、丁寧に言い換えれば、この時代に、この国に、この父母のもとで、そして、この私として命を授かったこの人生。


何のために生まれてきたのか、何故に生きなければならないのか、また、何故に死ななければならないのか、つまり、生まれてきて本当に良かったと言う事ができるのか、・・・そんな真剣な問いかけであります。


生まれてきて本当に良かったと思えるものに気づく、出会う事を仏教では、一大事と申します。


『修証義』の総序の第1節を読みます。

生を明らめ死を明らむるは、仏家一大事の因縁なり、
生死の中に仏あれば生死なし、但、生死即ち涅槃と心得て、
生死として厭ふべきもなく、涅槃として欣ふべきもなし、
是時初めて生死を離るる分あり、唯一大事因縁と究尽すべし


お気づきでしょう、そう、このはじまりの数行のなかに、一大事という言葉が2度も使われております。


一大事と聞くと、なんだか緊急事態・重大問題が発生したかのように思われるかもしれません。
生死や涅槃という言葉が何度も登場して、なんだか大変な事をいっているように聞こえるでしょう。


しかし、いま・ここに私が生きているという事そのものこそが、一大事ではないでしょうか。この時代に、この国に、この父母のもとで、そして、この私として命を授かった。
私たちが生きているのはいまであり、私たちが生きているのはここであります。
つまり、一大事とは、「いま・ここ」の心の在り様だと言えるでしょう。


今、あなたは、どんな心持ちで生きていますか?


私事を申し上げて恐縮ですが・・・最近、身震いをした出来事がありました。
この春のお彼岸の頃、舌に違和感がありまして、耳鼻咽喉科に行きました。
舌の横あたりに、白い小さな口内炎みたいなものができました。


診察後、先生は写真を指差しながら、「この腫瘍、できた場所と色が悪いんだよね」と言いました。そして、しばしの沈黙の後、「舌癌の可能性が高いと思います」と。


私自身僧侶として悲しみの場に何度も立ち会ってきましたし、会えば別れる・生まれたら死ぬという道理は十分に知っておりました。
しかし、いざ、わが身に病や死を突きつけられて思った事は、「ああそうだったんだ、私は生老病死の真っ只中を生きていたんだ。私は、今、生老病死のど真ん中にいるのだ」という深い感動でした。


毎朝4時半に起きて洗顔して、ヤクルト飲んで坐禅と朝課、コーヒーをすすりながら新聞読んで掃除して・・・日々の営み、毎日の生活を、ともすれば、ありふれた日常、あたりまえの事と思い、それはずっと続くものだと思ってました。
しかし、そうじゃない。
この朝は二度とない朝であり、最期の朝であり、生まれてきて本当に良かったと思えるものに気づく、出会うための朝であった。


おかげさまで、今日も、ご覧の通りお話をさせていただいておりますが、今回の事で何よりも学んだ事は、癌になる事が一大事なのではなく、いま・ここの心の在り様こそが一大事だという事。


先日の読売新聞に、こんな記事がありました。
宗教観をテーマに面接方式で世論調査をしたところ、日本人で何かの宗教を信じている人は26パーセントであり、信じていない人が72パーセントであった。
しかし、先祖を敬う気持ちを持っている人が94パーセントに達し、自然の中に人間の力を超えた何かを感じる事があると言う人も56パーセントいた、と。


世の中の様々の価値観の中で、私たちにとって、今・ここである事の支え、核となるもの、中心は仏の教えであり、禅であります。


仏教とは、仏陀の教えと書きます。仏陀、お釈迦さまと同じ、正しいものの見方をする。
正しいものの見方をすれば、そこに正しき真理のはたらきが現れてきます。
世の中の仕組みや常識、からくりや嘘に騙されない真の自由な人となる歩み。
つまり、お釈迦さまの生涯とその教えから、生きる勇気と智慧を学び、それを、自らの一大事としていく。


そして、最も大切な事は、お釈迦さまが自分勝手に仏教を作ったものではなく、真実なるものの、その言葉に、お釈迦さまが響かれた点であり、道元禅師が、すき放題に禅を説かれたのではなく、真実なるものの、その在り様に、道元禅師が応えられ点であります。

だからこそ、私たちもまた、お釈迦さまや道元禅師が手を合わせたものを、拝む歩みをしなければいけないなと思うのです。
なぜなら、それが、私たちの「いま・ここ」の心の在り様を豊かにし、ひいては、生まれてきて本当に良かったと思えるものに気づく、出会う契機となるはずだからです。



私の参禅のお師匠様が、常に言っておりました、

「生きて今あるは、この事にあわんがためなり」
「生きて今あるは、この事にあわんがためなり」


一大事は、決して遠くにあるのではない。そう、「いま・ここ」にある。


生まれてきて本当に良かったと言える人生の歩みを、共にいたしましょう。







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法話


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焼香

焼香の時、間違えて、香ではなく炭を手に持った人がいました。
作法を知らず、つまんだ香を口に入れた人もいました。



『曹洞宗行持規範』の導師焼香法によると。

導師の焼香は2回。
右手の親指、人指し指、中指の三指で香をつまみ、両手にささげて丁寧に頂いて香炉に投じ、次に更に香小量を取って炉に投ずる。
初めに焚く香を主香、次に焚く香を従香という。
従香は頂かないでそのまま炉に入れる。


導師が2回の焼香であるなら、参列者の焼香は、主香の1回のみのはずだが・・・
焼香は3回するのものだと主張する御老僧もおられるし、いや1回・2回・3回どれでもいいのだ、とする方丈さんもいる。



「1回だと、心がないと思われそうだし、3回の方が丁寧かな」と思うのも人情。



「焼香は心をこめて、一回でお願いします」 という司会者の案内が空しく響く。
参列者は「早く終わらせようとしているな」って、感じてしまう。





先日のお通夜での事。
多くの参列者が予想され、棺の前に香炉が10個も用意されていました。
通夜が始まり、遺族の焼香の時、それが起こりました。

故人様の孫、小学3年生の男の子が、左端の香炉で焼香をしました。
きっと、おじいちゃんの事が大好きだったのでしょう。
嗚咽しながら、香を焚き手をあわせてました。
彼は、左端で焼香を終えると、次の香炉で焼香をし、また、次の香炉で焼香をし、そして、4番目の香炉に香を焚いた時・・・それに気付いた葬儀社の社員に誘導されて席に戻されてしまいました。
手を引かれて行くとき、振り返りながら香炉を見つめる彼の顔が印象的でした。



通夜の法話で、彼にひとこと伝えました。

・・・あのね、全部の香炉で焼香したとしても、その悲しみは解決できやしないものだよ。
ありたっけの香を焚いたとしても、大好きなおじいちゃんは、生き返りはしない。
でも、ね。あなたの心を、おじいちゃんは一番喜んでいると思うよ。
だから・・・




香の香りは、遍く世界にいきわたります。






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葬儀・法事


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余命

そのご婦人が、家族4人でお寺を訪ねてきたのは、数年前の5月の事でした。
境内の掃除をしていた私に語りかけてきた言葉は、「このお寺は、曹洞宗ですよね?」でした。

「ご住職さんですか?少し、お話しを聞いていただけませんか?」
住職ではない事を伝えながら、泣き腫らしたような眼にただならぬものを感じ、師匠に取次ぎました。


彼女は、40半ばの主婦。夫と中学生の姉妹との4人暮らしの事。
穏やかな語り口でありながら、意志の強さをうかがわせる面持ちの彼女。
与えられしものを静かに赦し、じっと見守ろうとするご主人。
子供たち二人は、母の傍らから離れようとしませんでした。


「実は私、昨年の8月に、癌だと診断されました・・・余命1年だ、と。
はじめて、死ぬという事を突き付けられて・・・。


なぜ、なんで私が、という思いばかりつのりました。
ネットや本を読み漁ったり、人を訪ねていったり、とにかく、焦りました。
私には1年という時間しかないなんて・・・。
病気の事、娘の事、主人の事、人生の事、そして、私自身の事。
私は、何もわかってませんでした。


昨晩の事なんです。
いろいろと集めたお経本を眺めている時、『修証義』が目に留まりまして・・・
ああ、これだったのかと。涙が止まらなくなったんです。
身震いしながら、朝まで何度も何度も読み返しました。
気がつけば、大きな声を出して読んでました。


このお経について、もっと知りたいと思ったんです。
それで今日、家族でお参りをかねて、曹洞宗のお寺さんに伺ってみようと。」




師匠は幾度も頷きながら、黙って聴いておりました。
彼女の問いかけに応じながら、修証義を説いておりました。


師匠の傍で聞いていた私は、愧じいっておりました。
「・・・私は涙を流しながら、修証義を読んだ事があるだろうか。
私は咽びながら、修証義を押し頂いた事があるだろか・・・」と。



別れ際、笑顔で手を合わす家族に、「いつでも、どうぞ」と。
以後、再び入院するまでの2ヶ月の間、彼女は何度もお寺に訪れました。


そして、夏。
余命の宣告どおり彼女は・・・亡くなりました。






医療の発達により、今では、余命○年、余命○ケ月という言葉が市民権を得ています。
しかし、余命という言葉を待つまでもなく、私たちの死亡率は、100%です。
老若男女、ひとしく100%。
今日の命さえも、絶対の保障はありません。


後先の順番はあるけれど・・・
散る桜 残る桜も 散る桜   
散る紅葉 残る紅葉も 散る紅葉

癌を宣告されなくとも、一面においては、余命であり与命であり、そして、預命であります。
余った命とするか、与えられた命と受け止めるか、預かった命と達観するか・・・


今回、舌癌という病と対峙して、私は余命を宣告されるまでには至りませんでした。
腫瘍の除去という事で、ひとまず、治療を終える事になりました。

この身体にも癌は宿り、隙あらば巣食う事を学びました。
そして、余命とは、いま・ここにしかない事も。
いや、命は、いま・ここ。





末筆ながら、様々な励ましをいただきました事、感謝申し上げます。
ありがとうございました。




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法話


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