僧侶的  いま・ここ

仏教とは、仏の教え、つまり、ものの見方の事                 【禁】複製・転載

前へ

前へ前へ


つまずいても 前へ前へ

転んでも 前へ前へ

倒れても 前へ前へ


腰骨を立て あごを引き 目を閉じる事なく 前へ前へ

嗤われても 罵倒されても 前へ前へ



・・・それでも 前へ前へ


焦点を地平線にあてて 前へ前へ







本年もよろしくお願い致します   法慧






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法話


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初詣

今年の正月、やっとの思いで、主人と初詣にでかけました。
この3年間、お正月が来ても、とてもそんな気持なかったんです。

主人も同じだったと思います。
でも思い切って、誘ってみました。暖かく、穏やかな日でした。


娘が生きていた6年間、毎年、一緒にでかけた神社です。


はっきりと思いだすんですよね、娘の事を。
ああ、ここでお御籤を買ったなとか・・・ここで、お昼を食べたなとか・・・ここで、写真を撮ったなとかって・・・


毎年、家族で一枚の絵馬を求め、願い事を書いてました。
みんな元気で暮らせますようにとか、パパが煙草をやめられますよにとか、マンションを買う夢もあったし・・・




「絵馬を書かない?」と、主人に言いました。


彼は、黙って頷いて・・・先に書きはじめました。
渡された絵馬には「貴代美が幸せになりますように パパ」と、書いてありました。
貴代美とは・・・娘の名前です。


それを見た時、涙があふれました。でも、その時です。
「やり直せる」って、この人と一緒なら、「きっと、やり直せる」って、身震いをしてしまうほど強く感じました。





亡き吾子の 幸せ願う 初詣





・・・間もなく、新しい年がやってくる、さぁ。






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法話


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省みる

今月はじめ、東京都私学財団主催による、渡辺徹氏の講演会がありました。
演題は、「生きた目線」

役者になる経緯や文学座での体験談。
ドラマ太陽にほえろの新人刑事として大抜擢された事や、石原裕次郎氏との出会いの事。

新人刑事役として、撮影現場では走ってばかり。
与えられた台詞は、わずかだった。
満を持して言う台詞に、OKがでない。何度も、取り直しを命じられた。

文学座で学習したものを、改めて読み直したり、その役になりきろうとして努めたりしたけれども・・・全く、だめだった。


落ち込む日々の中、公園のベンチに座っていた時の事。

砂場で数人の幼児が遊んでいた。
親たちは、そんな子供に目もくれず、おしゃべりに夢中。

どうやら、子供たちはお城をつくろうとしていたらしいが、うまくいかない。
何度も繰り返すが、失敗ばかり。

その姿を見続けているうち手伝ってあげようという気になり、ベンチを立ち上がって・・・
その時、「ああ、これだ」と、気付く経験をした。


この子達の行為は、充分に、俺を説得したではないか。
演じるとか、なりきるとか、そんな頭であれこれと作り上げたものは、必要ないんだ。
純真な思いがあれば伝わるし、それだけで、見るものを感動する事ができる。


次の撮影。
彼の台詞は、一発でOKだった。




話を聞きながら、ふと、わが身を省みて、思った事。

布教の勉強をしているけれど、それは、あれこれと頭で考えて・・・
間がどうだ、構成がどうだ、時間配分がどうだ、発声がどうだ、等の指摘もあるが・・・
問われている本質は、伝えたい法や思いがあるか否か、だ。
法話は、ちょっいい話でも、面白小話でも、独自の見解でもない。



布教を志すお坊さんを「ベロ師」「舌屋」「口坐禅」と、揶揄するお坊さんもいる。
無舌居士・三遊亭円朝師匠は、山岡鉄舟大居士に「舌で話すな」と、諭され禅を学んだ。



時に、虚空にむかって、話りかけているような届かない空しさを感じる事もある。



語りかけなくとも、伝わるものがなければ・・・
語りかけなくとも、伝わるものを持たなければ・・・


・・・そう、語りかけても、何も伝わらないのだ。





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法話


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