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09/16/2005 Fri 23:21 |
仏様と世間様 問題提起〔3〕
以前、1年間ほど、ある曹洞宗の寺院に勤めてました。
このときの出来事です。 このお寺の総代さんがご法事を営みました。 故人の徳のおかげか、現在の付き合いが広いせいか、塔婆が40本ほどもあがりました。 法事が始まる直前のことでした。 この総代さんが、ちょっと待ってくれと言うのです。 塔婆の順番が違うから直さないといけないから、と。 仏法に塔婆を立てる順番はありません。 その順番は世間の法、世法です。 皆さんもご経験がありませんか? 法事や葬儀の際、どこに座ればいいのか分からなかった事。 譲り合うばかりで、前のほうに座るのは遠慮する方が多いですね。 これも、座る順番なんか決まってません。 仲良く座ればいいのです。 ご法事は仏様の世界に向かってやることであって 世間様に笑われないためにすることじゃない。 仏教は計らいを最も嫌います。 計らいとは、小さな知恵です。自分可愛さのための策略や、自己防衛のための欺瞞や嘘、そして、言い訳。 その自分よかれの計らいによって、本当は、どれほど自分が苦しんでいるか、また、どれほど他人を苦しめているか、そこに気付くのが仏の教でしょう。 故人を偲び、その真実に気付くべき法事の場でさえも、この世のしがらみや勘定に捉われては、もったいないと思うのです。 気付くべきことに気付く絶好のチャンスを失ってしまうことになりかねません。 塔婆の順番が違うからと法事に待ったをかけた総代さんに、このことを伝えなければと思いましたが、住職はいっしょになって順番を考えてました。禅宗坊主なのにね。 もっとも、檀家さんを 、信士信女、居士大師、院号とクラス分けにし、定食屋よろしくお布施の料金表を作り、足りなけりゃ文句を言うようでは、衣を着た世間様ですね。 無宗教と世間教、そして、仏様と世間様 この違い、どう思いますか? 塔婆について 宗派によっては塔婆を建てません。 曹洞宗は塔婆を建てますが、地域や住職の見識によって、建て方が異なります。たくさん建てる所もあれば、1本のみところもあります。 ただし、これからの時代、地球環境を考えれば、あまり建てるのも? |
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09/15/2005 Thu 17:46 |
無宗教と世間教 問題提起〔2〕
昨日、らぶり☆さんより頂いたコメントに
>宗教っていわれると、ついケイカイしてしまうのはどうしてでしょうね。 とありました。 おそらく、同じ意見の方が多いでしょう。 実は、私も、その一人です。 しつこく勧誘してくるその信者や、羽振りのよさそうな大きな建物、偉そうなお姿の教祖サマ。 そこに、私は胡散臭さと大きな拒絶感を抱いてしまいます。 日本人は欧米に比べ、無宗教だと評されます。 正月は神社に初詣、結婚式は教会で、葬儀は坊主をよんで。 キリストよりもクリスマスを信仰し、檀家だけれども宗派は知らない。 こんな無節操な態度をして、無宗教と批判するのでしょう。 しかし、無宗教よりも恐ろしい宗教があります。 皆さん、わかりますか? それは、世間教です。つまり、それは社会の常識であったり、人の目であったり、世間のものさしのことです。 ある一時期、私も随分とこれに苦しめられました。 威勢のいい人は、俺は俺だ、というでしょう。 考えのない人は、私は私で関係ないよ、と突っぱねるでしょう。 しかし、俺の隣には、世間の壁があり、私の意識の中には、世間の基準が刷り込まれていることに気づかねばならない思うのです。 じゃあ、何ものにも縛られない本当の自由はどこにあるのだろうか? ここが、私の出発点でした。 ここから、禅の世界に入っていきました。 私は曹洞宗の僧侶ですが、実家は浄土真宗です。 つまり、お寺の子ではありません。父親は工務店を経営してます。 縁あって、曹洞宗の僧侶として、得度<トクド・出家すること>をしました。 宗教とは、何かをしてはいけない世界でなく、自由な世界であります。 仏教とは、先祖供養の話じゃなく、この現実の生々しい今の現実のことです。 記事の続き |
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09/14/2005 Wed 21:05 |
はじめの一歩 問題提起〔1〕
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国民の4人に3人が特定の宗教を信じておらず、 宗教を大切だと思わない人も多数派を占めているが、 「神や仏にすがりたい」と思ったことがある人は過半数に上る。 このような宗教に関する日本人の意識が、 読売新聞社の全国世論調査(面接方式)で明らかになった。 調査は8月6、7の両日に実施。 「何か宗教を信じているか」と聞いたところ、 「信じている」23%に対し、「信じていない」は75%。 「宗教は大切であると思うか」でも、「大切」35%に対し、 「そうは思わない」60%だった。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 はじめまして。 この記事、皆さんは、どう感じますか? 確かに、日本人の宗教離れ、仏教離れが進んでいるような状況です。 その一方で、本屋に行けば、宗教書はあふれ、盆やお彼岸には、お墓参りをする人の姿は絶えません。 実は、日本人が宗教とか仏教から離れているのではなく、お寺そして僧侶から離れたのが真相だと、私は思います。 もっと言えば、僧侶こそが仏教離れしたのを一般の方が見抜いたともいえるでしょう。 お布施という名の高い料金。 セレモニーと化した葬儀や法事。 己の不信心や勉強不足から語るべき言葉を失くした者。 仏教とは何か? それは、仏の教え、つまり、ものの見方の事。 正しいものの見方をする事。そこに、正しき真理の働きがある。 このブログでは、皆さんの僧侶や寺院に対する怒りや不満などを広く受け止めていきたいと考えてます。 そして、そこから建設的にこれからの寺院や僧侶の在り方を模索し、答えを出していきたいと、願っています。 どうぞよろしく。 |
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