僧侶的  いま・ここ

仏教とは、仏の教え、つまり、ものの見方の事                 【禁】複製・転載

アンテナ

先日、川崎いのちの電話の特別公開講座で、脚本家の山田太一氏が講演がありました。


最後に、氏はこのように結びました。


「人間は、集団の中にいるだけで、たくさんのことを学んでいるんじゃないかな。
言葉なんて交わさなくても、他人と一緒いるだけで、何か栄養みたいなものを、人間はいろいろ吸収しているのではないか、と思うのです。

電車でヘッドホーンをしている人がいるでしょう。
あれはもしかしたら、ものすごくもったいない事なのかもしれません。

渋谷の有名な、あれはなんでしたっけ。スクランブル交差点? 
あの交差点を5回も歩いたら、あんがいそうとう学ぶ事があるのかもしれない。

もし人間というのが、ただ他人と空間をともにするだけで学ぶものがあるならば。
外に出て、人ごみの真っ只中を歩くのも面白いかもしれません」





聞いていて、ふと、この歌を思い出しました。
遍く照らす月の光は、心のアンテナを澄まさないと届かない。




月影の いたらぬ里は なけれども
          ながむる人の 心にぞすむ       法然上人





記事の続き
禅語・仏教語・言の葉


6 Comments

日々是好日

ある時、雲門大師が、お弟子たちに向かって言いました。

「これまでのことは尋ねまい。
しかし、これからの生活の中で、何が一番大切な事なのか、一句をもって来い」

お弟子たちの顔を見渡しましたが、誰一人として、応える者はありませんでした。・・・そこで、雲門大師、たった一言、言い放ちました。

「日々是好日」



日々是好日という言葉は、聞きなれた禅語のひとつでしょう。
毎日毎日が好き日であるとか、人生は心がけひとつでなんとかなるとか、毎日を感謝して生きましょうとか、等に理解されているようです。


この好日の「好」とは、好きや嫌い、好いや悪いを超越した「好」だから・・・
「ものの優劣に囚われたりしません」「是か非かを問いません」「損得勘定で動きません」「分別をしません」と、覚悟しなければならないと教える先生もいます。


また、好を「よし」と読ませて・・・
「試験は落ちたけれど、よし、不合格なにするものぞ!」
「彼女と別れたけれど、よし、もっといい女と巡り合うぞ!」と、上手い事を言う人もおります。



では、あなたは・・・
今日、検診で癌を告知されても、好き日であると、受け止められますか?
今日、金策尽きて、不渡りをだしても、人生は心がけひとつと、前を向けますか?
今日、最愛の我が子が、事故に巻き込まれたとしても、感謝していただけますか?



・・・それでも、日々是好日。
泣いても、嘆いても、呻いても、もがいても、苦しんでも、日々是好日。



この世は、無常であります。私たちの命も、また、無常であります。
私たちは、この遷り変る命を生きている。


だからこそ・・・日々是好日。突き詰めれば、好日とは、いま・ここの事。




毎日は新しい。


そう、毎日は新しいのだ。
いや、時々刻々と、私たちは新しいいのちを生きている。






記事の続き
禅語・仏教語・言の葉


10 Comments

減らぬもの

施しても施しても、減らぬものは何だろう?


にこやかな笑顔 

おだやかな目

やさしい言葉

身軽な動作

そして、思いやりの心




・・・あなたは、こんな宝物を持っている。





記事の続き
禅語・仏教語・言の葉


8 Comments