|
01/31/2008 Thu 20:36 |
アンテナ
先日、川崎いのちの電話の特別公開講座で、脚本家の山田太一氏が講演がありました。
最後に、氏はこのように結びました。 「人間は、集団の中にいるだけで、たくさんのことを学んでいるんじゃないかな。 言葉なんて交わさなくても、他人と一緒いるだけで、何か栄養みたいなものを、人間はいろいろ吸収しているのではないか、と思うのです。 電車でヘッドホーンをしている人がいるでしょう。 あれはもしかしたら、ものすごくもったいない事なのかもしれません。 渋谷の有名な、あれはなんでしたっけ。スクランブル交差点? あの交差点を5回も歩いたら、あんがいそうとう学ぶ事があるのかもしれない。 もし人間というのが、ただ他人と空間をともにするだけで学ぶものがあるならば。 外に出て、人ごみの真っ只中を歩くのも面白いかもしれません」 聞いていて、ふと、この歌を思い出しました。 遍く照らす月の光は、心のアンテナを澄まさないと届かない。 月影の いたらぬ里は なけれども ながむる人の 心にぞすむ 法然上人 記事の続き |
|
禅語・仏教語・言の葉 6 Comments |
|
01/15/2008 Tue 06:04 |
日々是好日
ある時、雲門大師が、お弟子たちに向かって言いました。
「これまでのことは尋ねまい。 しかし、これからの生活の中で、何が一番大切な事なのか、一句をもって来い」 お弟子たちの顔を見渡しましたが、誰一人として、応える者はありませんでした。・・・そこで、雲門大師、たった一言、言い放ちました。 「日々是好日」 日々是好日という言葉は、聞きなれた禅語のひとつでしょう。 毎日毎日が好き日であるとか、人生は心がけひとつでなんとかなるとか、毎日を感謝して生きましょうとか、等に理解されているようです。 この好日の「好」とは、好きや嫌い、好いや悪いを超越した「好」だから・・・ 「ものの優劣に囚われたりしません」「是か非かを問いません」「損得勘定で動きません」「分別をしません」と、覚悟しなければならないと教える先生もいます。 また、好を「よし」と読ませて・・・ 「試験は落ちたけれど、よし、不合格なにするものぞ!」 「彼女と別れたけれど、よし、もっといい女と巡り合うぞ!」と、上手い事を言う人もおります。 では、あなたは・・・ 今日、検診で癌を告知されても、好き日であると、受け止められますか? 今日、金策尽きて、不渡りをだしても、人生は心がけひとつと、前を向けますか? 今日、最愛の我が子が、事故に巻き込まれたとしても、感謝していただけますか? ・・・それでも、日々是好日。 泣いても、嘆いても、呻いても、もがいても、苦しんでも、日々是好日。 この世は、無常であります。私たちの命も、また、無常であります。 私たちは、この遷り変る命を生きている。 だからこそ・・・日々是好日。突き詰めれば、好日とは、いま・ここの事。 毎日は新しい。 そう、毎日は新しいのだ。 いや、時々刻々と、私たちは新しいいのちを生きている。 記事の続き |
|
禅語・仏教語・言の葉 10 Comments |
|
01/07/2008 Mon 17:25 |
減らぬもの |
|
禅語・仏教語・言の葉 8 Comments |