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08/24/2006 Thu 19:07 |
勝者はどっち?
その若者は、かつて、とある宗教に帰依していた。
しかし、お釈迦様の教えに出合い、帰依し、出家した。 面白くないのは、かつてのお師匠さん。 大切な弟子をたぶらかした、とご立腹。 お釈迦様のもとを訪れ、激しい悪語をもって、罵倒し、誹謗した。 けれど、お釈迦様は、ただ黙していた。 そこで、お師匠さんは、大威張りで言い放った。 「沙門よ、なんじは負けたのだ。沙門よ、わたしは勝ったのだ」 すると、お釈迦様は、静かに答えた。 「雑言と悪語とを語って、愚かなる者は勝てりと言う。 されど、まことの勝利は、堪忍を知る人のものである。 忿<いか>るものに忿りかえすは、悪しきことと知るがよい。 忿るものに忿りかえさぬ者は、二つの勝利を得るのである。 他人のいかれるを知って、正念におのれを静める人は、 よくおのれに勝つとともに、また他人に勝つのである」 これを聞いたお師匠さんは、猛反省。 やがて、機縁が熟し、お釈迦様のもとで出家したという。 いくら、声が大きても、いくら、すごんでみせても・・・それは、虚勢。 他人に自分の考えを押し付け、折伏したとしても・・・それは、まやかし。 勝者は、どっち? 南伝 相応部経典 七、三 阿修羅王 漢訳 雑阿含経 四二 一一五三 |
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法話 7 Comments |
Comment
有り難うございました!!
いいのともみさん
勝者でありたいですね。
安い勝者ではなく、真実の勝者に。
安い勝者ではなく、真実の勝者に。
小生のブログで紹介させていただきました
はじめまして。
ないちょと申します。
創価学会員の小生にはなかなか含蓄のある言葉に感じましたので、小生のブログで紹介させていただきました。
よろしければ、当方のブログにもおこしください。
よろしくお願いします。
それでは。
ないちょと申します。
創価学会員の小生にはなかなか含蓄のある言葉に感じましたので、小生のブログで紹介させていただきました。
よろしければ、当方のブログにもおこしください。
よろしくお願いします。
それでは。
かつて宗教ジプシーをしていたふとどきもののゆがみですmm
いわゆる新興宗教を転々と彷徨っていたのですが、
そのほとんどは自分の所以外の教えについて、その情報さえも耳に入れぬよう、と指導されました。雑念が混じるからだそうです。教えに自信があれば、他も聞いてきてください、と言えるのに。
何か動くごとにお金を求められる所ばかりでした。
現在わたしは無宗教です。
なにが勝ちで何が負けなのか、もうどうでもよくなりました。
こういう指針のない生き方はダメなのかもしれません・・
いわゆる新興宗教を転々と彷徨っていたのですが、
そのほとんどは自分の所以外の教えについて、その情報さえも耳に入れぬよう、と指導されました。雑念が混じるからだそうです。教えに自信があれば、他も聞いてきてください、と言えるのに。
何か動くごとにお金を求められる所ばかりでした。
現在わたしは無宗教です。
なにが勝ちで何が負けなのか、もうどうでもよくなりました。
こういう指針のない生き方はダメなのかもしれません・・
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ないちょさん
はじめまして。
週に一度程度の更新を目指しております。
週に一度程度の更新を目指しております。
ゆがみさん
勝ち、と言う言葉は方便です。
勝ち負けを超越した世界を、お釈迦様は相手にあわせて表現されたのだと思います。
対機説法<たいきせっぽう>。
勝ち負けを超越した世界を、お釈迦様は相手にあわせて表現されたのだと思います。
対機説法<たいきせっぽう>。
感謝です。
これからも遊びに行かせてくださいね★!