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02/06/2008 Wed 23:05 |
遺偈
遺偈とは、禅僧が末期に臨んで門弟や後世のためにのこす偈の事です。
毎年正月、己が境涯をもって、書き改めるものだと、師より習いました。 本年1月5日、曹洞宗大本山永平寺貫主・宮崎奕保禅師が106歳でご遷化されました。 遺偈に曰く、 慕古真心 不離叢林 ( 古の真心を慕い 叢林を離れず ) 末後端的 坐断而今 ( 末後の端的 而今を坐断す ) 下記は、宮崎奕保禅師の密葬を報じた中日新聞の記事の抜粋です。 密葬の様子とともに、このように禅師の遺偈と解説が掲載してありました。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 「慕古真心 不離叢林 末後端的 坐断而今」としたためられ、同寺によると「修行道場に生きてきて、先人の気持ちを思い、道場から離れたくないが、座ることが今、終わろうとしている」との心境が表されているという。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 ・・・この解説を読んで、「何じゃ、これっ?」と思ったのは、私だけでないでしょう。 これじゃあ、まるで、ただの泣き言ではないか。 この遺偈を、こんなふうに受けとめるとは・・・ 「同寺によると」とは、大本山永平寺の事でしょう。 しかし本当に、大本山永平寺が、こんな解説をしたのでしょうか。 私は、こう思います。 祖師の心を慕い忘れず、どこにあっても、叢林を離れず。 この最期の時に当って、今一度、改めて一句を示そう。 この真実なるもの、而今を坐断す。 『五燈会元続略』には、「両頭共坐断 八面起清風」<両頭を共に坐断すれば、八面に清風起こす>という禅語があります。 両頭とは、生と死、善と悪、得と失、愛と憎、勝と負、苦と楽といった、二元での物の見方の事です。 私たちは、そんな両頭にこだわり、とらわれ、両頭の狭間で一喜一憂し、右往左往して暮らしているのではないでしょうか? 坐断とは、坐禅によって、両頭から生ずる迷い・苦しみを断ち切り、真実なるいのちに気付く事です。 二元の物の見方を坐断した世界が、而今の世界です。 しかし、禅師様は、その真実なる世界をも坐断す、とおっしゃられた。 その世界も腰をおろせば、偽者だぞ、と。 而今を坐断せよ 禅師様は、そう説き示されたのだ。 MEMO 1、一生不離叢林の説き方 2、学ぶとは、真似る事。一生真似することができたら真似は本物になる。 |
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法話 7 Comments |
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何らか道を極めたいと思い精進する時、ついてゆく師匠が、ある程度その道を極めた事による慢心によりどっぷりと腰をおろしてしまっていない事は、有難い事だな…と改めて感謝致しました。
cyonamさん
はじめまして。
最近は週に一度の更新もできない、怠け者です。
正師を得ることは、とても大切な事です。
また、勝友を得ることも、とても大切な事です。
そして、己をどこまでも深めていける事は、無上の喜びであります。
最近は週に一度の更新もできない、怠け者です。
正師を得ることは、とても大切な事です。
また、勝友を得ることも、とても大切な事です。
そして、己をどこまでも深めていける事は、無上の喜びであります。
失礼しました
感謝の気持ちが出てきすぎまして、はじめて書き込みをさせていただきますのに、ご挨拶もせぬままでした…。
いつも拝読させていただいておりましたので、何も思わずコメントさせていただいてましたが、慧さんにすればそんなことはつゆしらず…ですよね。大変失礼を致しました。
改めましてこんにちは。
いつも更新を楽しみにしております。
これからも宜しくお願い致します。
いつも拝読させていただいておりましたので、何も思わずコメントさせていただいてましたが、慧さんにすればそんなことはつゆしらず…ですよね。大変失礼を致しました。
改めましてこんにちは。
いつも更新を楽しみにしております。
これからも宜しくお願い致します。
cyonamさん
こちらこそ、よろしくお願いいたします。
共に成長していくようなご縁となれば、素敵ですね。
共に成長していくようなご縁となれば、素敵ですね。
遺偈
禅師様は嘆かれているかもしれません。
中外の訳には、多くの僧侶が首を傾げたことでしょう。
こういうことを見てみますと、遺偈の解釈まで、新聞に掲載されるような、公の高僧は残しておく必要があるかもしれませんね。
私も遺偈を考えておかなくてはなりませんが、こちらはその場かぎりですから後の心配はいらないので気楽ですね。毎年正月2日に遺偈はつくるものと師匠に言われましたが、まだ……
中外の訳には、多くの僧侶が首を傾げたことでしょう。
こういうことを見てみますと、遺偈の解釈まで、新聞に掲載されるような、公の高僧は残しておく必要があるかもしれませんね。
私も遺偈を考えておかなくてはなりませんが、こちらはその場かぎりですから後の心配はいらないので気楽ですね。毎年正月2日に遺偈はつくるものと師匠に言われましたが、まだ……
風月さん
先日は、暖かな贈り物をありがとうございました。大切に用いさせていただきます。
せめて、遺偈の解釈ぐらいは・・・と思います。
弟子の見識が師と同等では、師の徳を半減することになるのですから。
せめて、遺偈の解釈ぐらいは・・・と思います。
弟子の見識が師と同等では、師の徳を半減することになるのですから。