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12/16/2007 Sun 17:44 |
省みる
今月はじめ、東京都私学財団主催による、渡辺徹氏の講演会がありました。
演題は、「生きた目線」 役者になる経緯や文学座での体験談。 ドラマ太陽にほえろの新人刑事として大抜擢された事や、石原裕次郎氏との出会いの事。 新人刑事役として、撮影現場では走ってばかり。 与えられた台詞は、わずかだった。 満を持して言う台詞に、OKがでない。何度も、取り直しを命じられた。 文学座で学習したものを、改めて読み直したり、その役になりきろうとして努めたりしたけれども・・・全く、だめだった。 落ち込む日々の中、公園のベンチに座っていた時の事。 砂場で数人の幼児が遊んでいた。 親たちは、そんな子供に目もくれず、おしゃべりに夢中。 どうやら、子供たちはお城をつくろうとしていたらしいが、うまくいかない。 何度も繰り返すが、失敗ばかり。 その姿を見続けているうち手伝ってあげようという気になり、ベンチを立ち上がって・・・ その時、「ああ、これだ」と、気付く経験をした。 この子達の行為は、充分に、俺を説得したではないか。 演じるとか、なりきるとか、そんな頭であれこれと作り上げたものは、必要ないんだ。 純真な思いがあれば伝わるし、それだけで、見るものを感動する事ができる。 次の撮影。 彼の台詞は、一発でOKだった。 話を聞きながら、ふと、わが身を省みて、思った事。 布教の勉強をしているけれど、それは、あれこれと頭で考えて・・・ 間がどうだ、構成がどうだ、時間配分がどうだ、発声がどうだ、等の指摘もあるが・・・ 問われている本質は、伝えたい法や思いがあるか否か、だ。 法話は、ちょっいい話でも、面白小話でも、独自の見解でもない。 布教を志すお坊さんを「ベロ師」「舌屋」「口坐禅」と、揶揄するお坊さんもいる。 無舌居士・三遊亭円朝師匠は、山岡鉄舟大居士に「舌で話すな」と、諭され禅を学んだ。 時に、虚空にむかって、話りかけているような届かない空しさを感じる事もある。 語りかけなくとも、伝わるものがなければ・・・ 語りかけなくとも、伝わるものを持たなければ・・・ ・・・そう、語りかけても、何も伝わらないのだ。 MEMO 講演備忘録 1、子供は知識は少ないけど、感性は大人と同じ。 2、子供に媚びない事。 子供向きの視点だけでは、足りない。子供を、一人の人間として、大人の目線で話す事。 3、家庭・学校・近隣の子供にとっての3大コミュニケーションを、自分に当てはめてみよう。 子供には、仲良くやれ、挨拶をしろ等と言うが、では、家庭・職場・近隣に、自分はどんな関わり方をしているだろうか? |
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法話 19 Comments |
Comment
いい話ですね
ひろみつさん
安っぽい作りものや、きらびやかな飾り物に騙されてはいけない。本質を問え。
・・・今回の講演で、そんな事を学びました。
・・・今回の講演で、そんな事を学びました。
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こんばんは
いつも当方のブログにお立寄りくださいましてありがとうございます。優しく精緻な言い回しに毎回勇気づけられております。
さて、葬儀の場面ではお寺さまによって法話の趣旨もさまざまであるような気が致します。毎回決まり切ったお話をされる方、葬家ごとに話を変えられる方、戒名の説明に止める方、まったくの世間話で終わる方・・・。
もちろん身にしみるような、目の前が開けるような、明らかな法話もたくさんありました。
私は式の進行に携わっておりますので当然のようにご家族と一緒に法話をいただいているわけですが、ハッキリ言って、話す側というより聞く側にその法話の本質を受け入れる「場」が備わっていないように感じます。
これはお寺さまの「話術」云々ではなく、そのお話と自らを結びつけて考え得ない聞き手の意識の問題でもあるのではないでしょうか。
ではどうやって、話し手と聞き手の意識を同じ土俵に乗せるのか・・・もうこれは両者が打ち解けて式場以外の場で自然とそういった話に移行するのを待つしかないように思います。
私の葬儀社では、せめてお寺さまにも収骨までご一緒していただき、家族と忌憚なく話せる雰囲気になるようお勧めしていますが、いつも成功するとは限りませんものね(゜-゜)
さて、葬儀の場面ではお寺さまによって法話の趣旨もさまざまであるような気が致します。毎回決まり切ったお話をされる方、葬家ごとに話を変えられる方、戒名の説明に止める方、まったくの世間話で終わる方・・・。
もちろん身にしみるような、目の前が開けるような、明らかな法話もたくさんありました。
私は式の進行に携わっておりますので当然のようにご家族と一緒に法話をいただいているわけですが、ハッキリ言って、話す側というより聞く側にその法話の本質を受け入れる「場」が備わっていないように感じます。
これはお寺さまの「話術」云々ではなく、そのお話と自らを結びつけて考え得ない聞き手の意識の問題でもあるのではないでしょうか。
ではどうやって、話し手と聞き手の意識を同じ土俵に乗せるのか・・・もうこれは両者が打ち解けて式場以外の場で自然とそういった話に移行するのを待つしかないように思います。
私の葬儀社では、せめてお寺さまにも収骨までご一緒していただき、家族と忌憚なく話せる雰囲気になるようお勧めしていますが、いつも成功するとは限りませんものね(゜-゜)
なむ子さん
聞き手のせいにしては、法話がすたる。
葬儀社のせいにしては、僧侶がすたる。
そんな矜持を持っております。
葬儀者として、葬儀の場作りに心をくだき、配慮する姿が、あなたの文章からとてもよく伝わってきます。
その場で伝わらなくとも、いつか響くものが現われると、思っております。
今後とも、よろしくお願いします。
葬儀社のせいにしては、僧侶がすたる。
そんな矜持を持っております。
葬儀者として、葬儀の場作りに心をくだき、配慮する姿が、あなたの文章からとてもよく伝わってきます。
その場で伝わらなくとも、いつか響くものが現われると、思っております。
今後とも、よろしくお願いします。
大人になると、、、
実は伝えたい事があっても、心の奥底からこーなんだよ!って言いたくても、世の中、伝えないことを選ぶ人が多いのだなぁと思う今日この頃です。
自分の意見を濁し中間に立っていればラク。他人を傷つけることも嫌われる事もないじゃないですか。。。
素直にリアルに自分らしさを出して接するってリスクが多いんです。でも私、人と仲が良くなれば良くなるほど中間的立場が嫌で、私はこう思う!ってハッキリ言っちゃうんですよ。
結果、最悪は相手が傷つき。。。
で、後からやばかったなって自暴自棄になる。。。の繰り返し。
でも、それしかできないし、嘘付きたくないんです。リアルに正直に接して、それでダメだったらそれで仕方ないって思うんです。
でも、こーいう私でも、友達は親切にしてくれるんですよ。ごめんなさいって思うのだけど、これでいいのかなって思ってます。でも遠ざかって行く人もいますけど(笑)
、、、飲むかな(笑)
自分の意見を濁し中間に立っていればラク。他人を傷つけることも嫌われる事もないじゃないですか。。。
素直にリアルに自分らしさを出して接するってリスクが多いんです。でも私、人と仲が良くなれば良くなるほど中間的立場が嫌で、私はこう思う!ってハッキリ言っちゃうんですよ。
結果、最悪は相手が傷つき。。。
で、後からやばかったなって自暴自棄になる。。。の繰り返し。
でも、それしかできないし、嘘付きたくないんです。リアルに正直に接して、それでダメだったらそれで仕方ないって思うんです。
でも、こーいう私でも、友達は親切にしてくれるんですよ。ごめんなさいって思うのだけど、これでいいのかなって思ってます。でも遠ざかって行く人もいますけど(笑)
、、、飲むかな(笑)
ありがとうございます
本日は、慧さまから教えをひとつ授けていただいたと思っております。
他の者のせいにはするな、自身の心持ちひとつに自負を抱くのは、謙虚さの現れだと感じました。
葬儀者である自分にできることは何か、と考えさせられます。これが「法話」ですね。ありがたく拝見いたしました(^人^)
他の者のせいにはするな、自身の心持ちひとつに自負を抱くのは、謙虚さの現れだと感じました。
葬儀者である自分にできることは何か、と考えさせられます。これが「法話」ですね。ありがたく拝見いたしました(^人^)
渡辺徹さんと言えば・・・
奥様は、榊原郁恵さん。
むかし、むかし私、榊原郁恵さんの
ミュージカル「ピーターパン」に出ていました。
なんだか急にその当時がよみがえり、
あんなこと、こんなことを思い出しました。
的外れコメ、ごめんm(__)m
むかし、むかし私、榊原郁恵さんの
ミュージカル「ピーターパン」に出ていました。
なんだか急にその当時がよみがえり、
あんなこと、こんなことを思い出しました。
的外れコメ、ごめんm(__)m
アラモさん
とても素敵なクリスマスカード、届きました。ありがとうございます。
どうやら、伝えなくてもいい事があるのが大人の世の中のようですよ。
ひとこと多いせいで・・・飲み続ける事になってしまいます。そして、飲めば飲んだで、また、ひとこと多くなる。
楽しく飲みたいものですね。
どうやら、伝えなくてもいい事があるのが大人の世の中のようですよ。
ひとこと多いせいで・・・飲み続ける事になってしまいます。そして、飲めば飲んだで、また、ひとこと多くなる。
楽しく飲みたいものですね。
なむ子さん
中原中也が『盲目の秋』で、叫んでおります。
人には自恃があればよい!
その余はすべてなるまゝだ……
自恃だ、自恃だ、自恃だ、自恃だ、
ただそれだけが人の行ひを罪としない
同じ山口の人間なので、中也の詩集を持ち歩いた時期もありました。暗いですね。
人には自恃があればよい!
その余はすべてなるまゝだ……
自恃だ、自恃だ、自恃だ、自恃だ、
ただそれだけが人の行ひを罪としない
同じ山口の人間なので、中也の詩集を持ち歩いた時期もありました。暗いですね。
tomokoさん
酒瓶を手にした海賊が目に浮かびます。
絶対に、妖精ではないよね。
渡辺徹さんは、そんなに太っていませんでしたよ。その点は、がっかりでした。
痩せたいと言いつつ、また、杯を重ねる冬の夜です。
絶対に、妖精ではないよね。
渡辺徹さんは、そんなに太っていませんでしたよ。その点は、がっかりでした。
痩せたいと言いつつ、また、杯を重ねる冬の夜です。
いつか教育界に入りたい私にとっては、とても興味深いお話でした。ありがとうございました。
はじめて、コメントさせていただきます。
本当、いい話ですね。
自分も原点にもどって「思い」を大切にしていきたいと思います。
心が洗われた気分になりました。
ありがとうございました。
本当、いい話ですね。
自分も原点にもどって「思い」を大切にしていきたいと思います。
心が洗われた気分になりました。
ありがとうございました。
けちぇさん
どの分野においても、体験談は、とても参考になりますね。
新たな出会いは、世界をひろげてくれます。
謙虚でありたいものです。
新たな出会いは、世界をひろげてくれます。
謙虚でありたいものです。
taturoさん
時折、貴ブログを拝見しておりました。
様々な言葉の海の中から、響くものを求め綴る姿勢は見事ですね。
今後とも、よろしくお願いたします。
様々な言葉の海の中から、響くものを求め綴る姿勢は見事ですね。
今後とも、よろしくお願いたします。
無為と成す
>語りかけなくとも、伝わるものがなければ・・・
語りかけなくとも、伝わるものを持たなければ・・・
この言葉で、「無為と成す」と言う言葉を思い出しました。
曹洞宗の大森曹玄先生が、(何の会かは忘れましたが)ある会の会長就任に、トある人に依頼した時の事。
その方は「自分より息子の方が適任だ」と言って大森先生と引き合わせたそうです。
大森先生は、子息を見て驚きました。彼は寝たきりでした。
驚く大森先生に「息子は身体は病んでいるが、精神は病んでおらん」と仰ったそうです。
大森先生は、会で何か問題があると、そのご子息の所へやってきて相談されたそうです。
でも返答は「そうですか。そうですか。で、大森先生はどう思われますか?」と返答するだけ。
対して「こうこう、こうすればいいかと思います」「ではそうして下さい」
相談事はこれだけの返答だったと言います。
だけど帰り道、大森先生に力が沸いてきて、頑張ろうという気になったそうです。
何もしなくても、相手に力を与え、何かが伝わる。
それが「無為と成す」
難しくて沢山学ばなければいけないことも分かりますが。
でも憧れですね。
語りかけなくとも、伝わるものを持たなければ・・・
この言葉で、「無為と成す」と言う言葉を思い出しました。
曹洞宗の大森曹玄先生が、(何の会かは忘れましたが)ある会の会長就任に、トある人に依頼した時の事。
その方は「自分より息子の方が適任だ」と言って大森先生と引き合わせたそうです。
大森先生は、子息を見て驚きました。彼は寝たきりでした。
驚く大森先生に「息子は身体は病んでいるが、精神は病んでおらん」と仰ったそうです。
大森先生は、会で何か問題があると、そのご子息の所へやってきて相談されたそうです。
でも返答は「そうですか。そうですか。で、大森先生はどう思われますか?」と返答するだけ。
対して「こうこう、こうすればいいかと思います」「ではそうして下さい」
相談事はこれだけの返答だったと言います。
だけど帰り道、大森先生に力が沸いてきて、頑張ろうという気になったそうです。
何もしなくても、相手に力を与え、何かが伝わる。
それが「無為と成す」
難しくて沢山学ばなければいけないことも分かりますが。
でも憧れですね。
神原さん
大森曹玄老師は、臨済宗です。
老子が国士を任じた時代、頭山翁とご長男との話ではないかと、思いますが・・・
「無為と成す」とは聞いた事がありません。
普通は、「無為と為す」と書きます。
老子の教えですが、この話に適切な譬かどうか・・・
老子が国士を任じた時代、頭山翁とご長男との話ではないかと、思いますが・・・
「無為と成す」とは聞いた事がありません。
普通は、「無為と為す」と書きます。
老子の教えですが、この話に適切な譬かどうか・・・
的外れコメントでしたね〜〜。^_^;
すみません〜〜〜。
すみません〜〜〜。
神原さん
出典や根拠、キーワードを確認する事は重要な作業です。
鵜呑みにしないという態度も、また、大切です。騙しやすく、騙されやすい世の中です。
鵜呑みにしないという態度も、また、大切です。騙しやすく、騙されやすい世の中です。
ある俳優が黒澤明監督の映画に出た時、なんでもない台詞が言えない。何十回もやり直したけどOKが出ない。
すると黒澤監督がグローブとボールを持って、彼を外へ連れ出すとキャッチボールをしばらくやったそうです。それで再び再会したところ一発でOK。監督は笑って「そうそれでいいんだよ」と一言・・・
俳優ジャックレモンも「役になりきってはいけない。どんなに役に没頭しても、それを見つめるもうひとりの存在が必要だ。そして、それは君自身でなければならない」と言ってたのを思い出しました。
僕も、自分の仕事に躍起になるあまり、そのことで人を不快にさせたり、かえって良くない結果を招いたりということがあるように思います。
ちょっと意味合いが違うかもしれませんが、そんなことを感じました。