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10/20/2007 Sat 07:37 |
悲しみ
彼は8歳の時、父を亡くした。
母は、そののどぼとけを小さなガラス箱に入れた。 そして、毎朝一番に水を汲み供えるように、彼に命じた。 彼は、共同の井戸から15分以上かけて、その水を運び続けた。 かなしみはいつも 坂村真民 かなしみは みんな書いてはならない かなしみは みんな話してはならない かなしみは 私たちを強くする根 かなしみは 私たちを支えている幹 かなしみは 私たちを美しくする花 かなしみは いつも枯らしてはならない かなしみは いつも堪えていなくてはならない かなしみは いつも噛み締めていなくてはならない 悲しみを受け止める事、そして、温める事。 悲しみから学ぶ視点こそが、大切ではないのだろうか・・・ MEMO 1、大慧普覚禅師と汪内翰 第三書 2、大悲 悲しみに共感できる心があっての慈しみ 3、仏教は、癒しではなく安心。 |
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禅語・仏教語・言の葉 14 Comments |
Comment
喜びとコインの裏表
悲しみのトランスフォーム
誰しも一つや二つ心の中に忘れられない悲しみの根源を宿しているものと思われます。
時が経つにつれてその悲しみは違った形で、守ってくれるバリア・・・攻撃するパワー化して、知らず知らずに人(自分も含めて)をレベルアップさせているように思えるようになりましたが・・・
如何なものですか?
時が経つにつれてその悲しみは違った形で、守ってくれるバリア・・・攻撃するパワー化して、知らず知らずに人(自分も含めて)をレベルアップさせているように思えるようになりましたが・・・
如何なものですか?
本当の悲しみは
言葉にできないものであり…
人にも話せないものでもありますね。
言葉にできないものであり…
人にも話せないものでもありますね。
言の葉
悲しみを強さに変えてゆくための、助力となる言葉に出遭える機会が少なくなっています。
それだけに、こちらのブログと、大童法慧さんがご紹介くださる言の葉は、貴重です。
(追伸:ときおり拝見しておりました。葬送関係のトラブル相談を受ける折の多い行政書士です。さきほど、拙稿にてこちらをご紹介させていただきました。URLからご確認ください)
それだけに、こちらのブログと、大童法慧さんがご紹介くださる言の葉は、貴重です。
(追伸:ときおり拝見しておりました。葬送関係のトラブル相談を受ける折の多い行政書士です。さきほど、拙稿にてこちらをご紹介させていただきました。URLからご確認ください)
ひろみつさん
大慈大悲。
共に悲しむ心なくして、慈しみのはたらきは現れてこないと思います。
共に悲しむ心なくして、慈しみのはたらきは現れてこないと思います。
nasukabuさん
無常を観ずれば名利なし。
学ぶ事は体験でもあり、論理でもあります。
坐禅や読経、そして、積み重ねる学習をもって、仏縁を深められます事を期待します。
学ぶ事は体験でもあり、論理でもあります。
坐禅や読経、そして、積み重ねる学習をもって、仏縁を深められます事を期待します。
白蓮華さん
呻き。
その深い悲しみを活かす智慧こそが、仏の教えであり、ものの見方だと思います。
その深い悲しみを活かす智慧こそが、仏の教えであり、ものの見方だと思います。
Okei さん
はじめまして。
ブログから思いを発信をしながら、ひとつの形ができないかと模索しております。と、言いながらも、現状、週に一度程度の更新でお恥ずかしい有様です。
ブログから思いを発信をしながら、ひとつの形ができないかと模索しております。と、言いながらも、現状、週に一度程度の更新でお恥ずかしい有様です。
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コメントを考えててなかなか書き込めませんでした。多分、哀しい時って、人を羨んだり憎んだり後悔したり、、、などの感情があって、正直に悲しめるのは案外難しいことなのかなと思いました。きっと、本当の哀しみを受け止めたとき、トンネルの向こうの光がもう見えてる時なんでしょうね。。。
慧さまは職業柄、悲しみの世界に身を置く事が多いのですね。。。国外にいるとそれすらも忘れてしまっています。
慧さまは職業柄、悲しみの世界に身を置く事が多いのですね。。。国外にいるとそれすらも忘れてしまっています。
かなしみは噛み締めるもの
自分の気持ちはやはり、自分で、解決するより方法がないのですね。
言葉の出会いと時間が、必要ですね。
「念ずれば花開く」の真民さんしかしらなかったのですが、
このところ、自分のかなしみについての消化方法を見つけ出せずにいましたが、
ようやく、糸口にであいました。
人を恨むことだけは、しないでおこう。と
人のせいにしないように。と
いつも 笑顔でいたい。
双眼の奥にかなしみをしずめて。
言葉の出会いと時間が、必要ですね。
「念ずれば花開く」の真民さんしかしらなかったのですが、
このところ、自分のかなしみについての消化方法を見つけ出せずにいましたが、
ようやく、糸口にであいました。
人を恨むことだけは、しないでおこう。と
人のせいにしないように。と
いつも 笑顔でいたい。
双眼の奥にかなしみをしずめて。
アラモさん
心というのは、つかみどころのないものでもあります。今日は、あんなを思っても、明日になれば、状況が変われば、こんな事しか考えられなくなる。
そんな心の波に支配される事のないように、真実を見据えたいものですね。
そんな心の波に支配される事のないように、真実を見据えたいものですね。
椿さん
どうぞ、一歩一歩を大切に。
共に、歩んでいきましょう、一歩一歩。
共に、歩んでいきましょう、一歩一歩。
人を深く、優しく、強くしてくれる悲しみは喜びと表裏一体なんでしょうかね?