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09/09/2007 Sun 21:34 |
ママはどこ?
彼女は血圧の薬を常用していた。
しかし、その事以外は普通の暮らしぶり。 朝5時半に起きて朝食を作り、夫と小学1年生の娘を送りだす。 最近は、近くの工務店で経理の勤めを始めた。 家族や友人そして勤め先の人までが、 彼女の屈託のない笑顔に、勇気づけられ、また、慰められていた。 多くの人が、彼女の底抜けに明るい人柄を慕っていたという。 それは9月の夕方であった。 帰宅した娘が目にしたのは、台所に倒れて大きく鼾をかく母の姿だった。 懸命な祈りも届かず、36の最期であった。 「若いのに、なんで?」と、叫ぶ友がいた。 「小さな子がいるのに、可愛そう」と、囁く声がこだまする。 大切な人を亡くした親子を慰める言葉は、誰も持っていない。 泣き腫らした目をしながら、父のそばに、ちょこんと座る娘。 幼い心に母の死を理解しようとするのか、黙り込んでいた。 妻の位牌を持つ夫の片手は、一瞬たりとも娘の肩から離れることはなかった。 儚い命である事に、改めて気付かされながらも・・・ 不条理な現実は、やはり、受け入れ難い。 移り変わるこの世の理も、この場には救いにもならない。 「○○ちゃん、さよならも言わないで、ママは逝ってしまったけれど・・・ママを悪く思わないでね。 こんなふうにお別れをするなんて、ママも思ってもみなかったんだよ。 ○○ちゃんの成長を見届けられないのは、 ママにとって、とても悲しく、とても辛い事でしょう。 もっと、○○ちゃんと、色んな事をお話したかったでしょう。 もっと、○○ちゃんと遊んだり、旅行したりもしたかったでしょう。 もっと、もっと、あなたのそばにいたかった。 ○○ちゃんも、ママの事が大好きでしょう。 ママも○○ちゃんの事が、ほんとうに大好きだったと思うよ。 「ママは、どこに行くの?」って、パパに聞いたんだってね。 パパからね、わかりやすく教えてくださいと、言われたよ。 あのね、ママは、決して、遠い処に行ってしまうのではないんだよ。 あなたの思いの届かぬ処へ、消えて無くなったんじゃあないんだよ。 じゃあ、どこだろう? ○○ちゃん、あなたの中にママはいないだろうか? 朝、ママと一緒に目覚め、学校に行く。 学校では、お勉強したり運動したり、お友達と遊んだり・・・ そして、晩ご飯。独りで食べなきゃならないときもあるだろうけど、そんな時でも、ママはあなたの中に、あなたといっしょにいるんだ、と。 そして、辛い事や苦しい事、悲しい出来事にであった時、 「こんな時、ママならどんなふうに考え行動するするだろうか?」って、問いかけてごらん。 きっと、答えてくれると思うよ。 今はまだ難しいかもしれないけれど・・・ ○○ちゃん、ママもあなたもひとつのいのちを生きている。 ママは○○ちゃんと早くさよならを言わなくちゃいけなくなってしまって、可哀相と言われることもあると思う。 でも、これからの○○ちゃんの頑張り次第で、ママの人生は変わるんだよ。 あなたがずるい子になれば、ママは泣いてしまうだろう。 ママはとっても可哀相だ。 でも、優しい子になれば、ママはきっと大喜びするよ。 あなたのママの人生を、可哀相で終わらしたらいけないよね。 ○○ちゃん、ママはあなたの事を本当に愛しているよ。 ○○ちゃん、ママはあなたの事を本当に愛しているからね。」 MEMO 1、子供へのグリーフケア 2、死の理解と受容 3、死からの学び 4、死を学ばせる視点 |
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法話 10 Comments |
Comment
白蓮華さん
大切な人との別れは、痛いものであります。
この身を引き裂かれるかのような痛みに耐える6歳の女の子を見て、涙を誘われながら、通夜の法話で語りかけました。
真摯に聞き入る彼女の眼に、私が救われました。
この身を引き裂かれるかのような痛みに耐える6歳の女の子を見て、涙を誘われながら、通夜の法話で語りかけました。
真摯に聞き入る彼女の眼に、私が救われました。
私の妹が他界したのは今から14年前。
彼女の36歳の時。
それまでの2年間の闘病の末の他界。
その当時、4人の子供は小学校6年生を頭に、末の子が年長さんだった。
脳内出血で倒れてからの2年間。
その間、二度も再出血。その度に開頭手術。三度目では、もう、そのまま送ることにしましたよ。
ただ、倒れてそのまま逝ってしまったわけではないのが、今の状況での救いです。
彼女の36歳の時。
それまでの2年間の闘病の末の他界。
その当時、4人の子供は小学校6年生を頭に、末の子が年長さんだった。
脳内出血で倒れてからの2年間。
その間、二度も再出血。その度に開頭手術。三度目では、もう、そのまま送ることにしましたよ。
ただ、倒れてそのまま逝ってしまったわけではないのが、今の状況での救いです。
あなたの中に生きている…
子供には…私が幼い時には大変理解しがたい言葉でした。「私の中には私しかいない」とも思ったものでした。
大人になってから、やっと理解できるようになったような気がします。
それでも「あなたの中に生きている…」と言うことは、遠くでもなく、近くでもない、心か頭の中にある大きいような小さいような宇宙の中…という風に現在は感じています。
子供には…私が幼い時には大変理解しがたい言葉でした。「私の中には私しかいない」とも思ったものでした。
大人になってから、やっと理解できるようになったような気がします。
それでも「あなたの中に生きている…」と言うことは、遠くでもなく、近くでもない、心か頭の中にある大きいような小さいような宇宙の中…という風に現在は感じています。
早いもので父が他界してから6年が経ちました。今日は9月11日なんですが、あの朝、飛行機に乗ってました。父の納骨式に出席する予定だったのですが米国から出られなり、ルイジアナの、ど田舎に飛行機が緊急着陸。仕方ないのでレンタカーで12時間程かけて自宅に引き返して来ました。
今、“チベットの生と死の書”を読んでいますが、死のセクションで暫く止まってます。読まなくちゃ。。。父親の死を受け入れるのに時間が掛かりました。仏教を勉強し始めて、死について少しづつわかってきたように思えます。
○○ちゃんがんばってね!
今、“チベットの生と死の書”を読んでいますが、死のセクションで暫く止まってます。読まなくちゃ。。。父親の死を受け入れるのに時間が掛かりました。仏教を勉強し始めて、死について少しづつわかってきたように思えます。
○○ちゃんがんばってね!
大閑道人さん
「愛情から憂いが生じ、愛情から恐れが生ずる。愛情を離れたならば憂いが存在しない。
どうして恐れることがあろうか?」と、法句経にもありますが・・・煩悩と理解していても、愛情は度し難いものです。第2の矢を受けない生き方をしたいものです。
今月末は、お世話になります。
初相見の好時節、楽しみにしております。
どうして恐れることがあろうか?」と、法句経にもありますが・・・煩悩と理解していても、愛情は度し難いものです。第2の矢を受けない生き方をしたいものです。
今月末は、お世話になります。
初相見の好時節、楽しみにしております。
いくこさん
「自今已後、我が諸の弟子、展転して之を行ぜば、則ち是れ如来の法身常に在して而も不滅なり。」と、遺教経にあります。
たとえ、機が熟せず、わからなくとも、頼るべき法がある事を伝えていきたいと、願っております。
たとえ、機が熟せず、わからなくとも、頼るべき法がある事を伝えていきたいと、願っております。
アラモさん
大切な人との別れから、死を学ぶ視点を持たなければ、勿体ないなと、思います。
死の学びから、生を活かしていく事こそが、何よりの供養である、と。
仏教への学習は茫々たる感を感じる事もあると思いますが、参禅や接心を核にして、学びを深めていただきたいなと、願っております。
死の学びから、生を活かしていく事こそが、何よりの供養である、と。
仏教への学習は茫々たる感を感じる事もあると思いますが、参禅や接心を核にして、学びを深めていただきたいなと、願っております。
私も36歳。
若いうちは絶対死ぬはずなんてない、その考えは違うと思います。
人間はいつどんな風に死ぬのか分かりません。
だからこそ、毎日子供を抱き締め、愛情を注ぎ、精一杯生きる事の大切さ、そして、人の生き死にを伝えてやるのも親の仕事だと思います。
自分達がどうなっても、子供には逞しく生きて欲しい。命のバトンを彼らに渡し、私達は彼らを通して生き続けるのだという事を教えたいです。
若いうちは絶対死ぬはずなんてない、その考えは違うと思います。
人間はいつどんな風に死ぬのか分かりません。
だからこそ、毎日子供を抱き締め、愛情を注ぎ、精一杯生きる事の大切さ、そして、人の生き死にを伝えてやるのも親の仕事だと思います。
自分達がどうなっても、子供には逞しく生きて欲しい。命のバトンを彼らに渡し、私達は彼らを通して生き続けるのだという事を教えたいです。
神原さん
素敵な思いですね。
きっと、その思いがお子様にも届いている事でしょう。
きっと、その思いがお子様にも届いている事でしょう。
35の若さで 突然死しました。
病気でもなく 朝 起こしに行ったら
もう亡くなっていたということでした。
その娘さんも その時1年生。
お通夜では みんなを気遣うほど
元気な子でした。
お葬式の時の「パパ〜!」と泣き叫ぶ声が
未だに忘れませんし 私達も健康に
留意しないといけないと
気づかされた日でした。
お盆に主人の実家へ帰省しました。
彼女は 4年生になっていて
パパそっくりで びっくりするぐらい
大きく育っていました。
懸命に生きている証。
パパがずっと 心の中で 生きているのを
実感した日でした。