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07/03/2007 Tue 18:43 |
お釈迦様の木
豊かな森の中に、一本の大きな木がありました。
その木には、仲良しの3羽の小鳥が、住んでいました。 小鳥の名前は、ぱっぱ、ぴっぴ、ぺっぺといいます。 いつも仲良く、一緒にご飯を食べます。 お昼寝も、歌やおしゃべり、お出かけも、一緒です。 ある日、ぱっぱが、こんな事を言いました。 「東の方に、大きな街があって、とても、楽しく暮らせるんだってさ」 すると、ぴっぴが、続けます。 「南の方に、大きな山があって、食べるものがいっぱいあるんだってさ」 ぱっぱとぴっぴは、「うーん、街に行こうかな?それとも、山に行こうかな?どうしようかな?」と、考え込んでしまいました。 すると、ぺっぺが言いました。 「僕は、ここがいいな。 とても楽しく暮らせる街かもしれないし、いっぱい食べ物がある山かもしれないけれど・・・僕は、やっぱり、ここがいいや」 小鳥たちは、みんな意見が分かれたね。 さて、どうしよう? ・・・そうだね、街に行ってもいいでしょう、山にいってもいいでしょう、ここにいてもいいでしょう。 しかし、ただひとつ、何をするにしても、忘れてはいけない事があります。 それは、小鳥たちが住んでいる豊かな森は、実は、みんなの心の中にあるという事です。 そして、その森の中に、一本の大きな木がある。 そう、その木こそが、お釈迦様の木なんです。 小鳥たちに誘われて、街にいっても、山にいっても、・・・みんなの心には、豊かな森とお釈迦様の木がある事を忘れないで下さい。 はい、では、隣の人と手をつないでください。 そして、心を手に集中してごらん。 なんだか、あったかいよね。 その、あたたかさこそが、森の姿なんだよ。 僕たちは、心の中に、豊かな森がある事を忘れてしまいがちだけれども・・・本当は、この森は、みんなとひとつに繋がっているんだ。 じゃあ、手を放してください。 最後に、和尚さんから、お願いがあります。 それは、お釈迦様の木に、栄養を与えて、育てていく事を忘れないでください。 どんな、栄養かというと・・・ ご飯をいっぱい食べてください。食べるときには、いただきます、食べたら、ごちそうさま、ね。 そして、いっぱい遊んで、笑って、お父さんやお母さんや先生の言う事を聞いて、元気に保育園に通って、お歌をうたったり、かけっこしたり、今日のように般若心経を読んだり、坐禅をしたり・・・そう、普段、みんながしてる事、それが、お釈迦様の木の栄養になるのです。 その栄養がお釈迦さまの木の根に届いて、もっと、もっと、大きな立派な木となって、必ず、みんな事を守ってくれるようになります。 どうか、みんなの心の中の豊かな森が、もっと豊かになって、そして、お釈迦様の木が、もっと大きく太く、立派になるように、そう、和尚さんは、願っております。 では、最後に、みんなで合掌をしましょう。 ありがとうございました。 MEMO 1、布教師検定会 対象 保育園年長組 5分 2、法話は、出だしの3分で決まる 言葉を研ぐ 辻老師 3、慣れない事は、すぐわかるよ 田中老師 補; 無上菩提を演説する師に値わんには、種姓を観ずること莫れ、容顔を見ること莫れ、非を嫌うこと莫れ、行を考うること莫れ、但、般若を尊重するが故に・・・ 補; 15分や10分程度の法話に、大きな体験談を入れると聞き手は、法ではなく、体験の印象しか残らないかもしれない。 |
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法話 8 Comments |
Comment
いい話ですね・・・
ひろみつさん
意思表示することを怖れない自信。
己の権利ばかり主張するのではなく・・・世のため人のためだと・・・嫌われても、嗤われても・・・そんな、金にも地位にも名誉にも負けない青臭い男でいたいですね。
己の権利ばかり主張するのではなく・・・世のため人のためだと・・・嫌われても、嗤われても・・・そんな、金にも地位にも名誉にも負けない青臭い男でいたいですね。
とても 心が温かくなるお話です。
我が家の娘たちも
こんな素敵なお話を
聴かせてあげたいものです・・・。
我が家の娘たちも
こんな素敵なお話を
聴かせてあげたいものです・・・。
白蓮華 さん
まだまだだな、と、語る度に思います。
子供は難しい・・・でも、子供に説かなきゃと、思っております。
子供は難しい・・・でも、子供に説かなきゃと、思っております。
子供になったつもりで・・・
子供になたつもりで読んでみました。
仲良しの小鳥達は、それぞれ行きたい所に飛んで行ったんですかねぇ。
仲良く暮らしていたのにバラバラになったらちょっと寂しいかな・・・。
でも、みんなで楽しくすごした豊かな森がいつもそこにあれば、戻りたくなったらまた戻ってこれるからそれでいいのかなぁ。
私も忘れずに栄養あげなきゃな!すぐ忘れるんですよねぇ・・・。だからこのブログ私には丁度いいんですよ。更新ペースが!
楽しみにしています(^^)
仲良しの小鳥達は、それぞれ行きたい所に飛んで行ったんですかねぇ。
仲良く暮らしていたのにバラバラになったらちょっと寂しいかな・・・。
でも、みんなで楽しくすごした豊かな森がいつもそこにあれば、戻りたくなったらまた戻ってこれるからそれでいいのかなぁ。
私も忘れずに栄養あげなきゃな!すぐ忘れるんですよねぇ・・・。だからこのブログ私には丁度いいんですよ。更新ペースが!
楽しみにしています(^^)
五月さん
旅立つ時<進学、就職、結婚など>が、必ず訪れるのが人生です。でも、豊かな森のなかに、大きな木があると・・・
いいお話ですね。
以前「子供の基地はお母さん」という育児書を読んだことがあります。
どんなに離れていても、基地になれるような親でいたいものです。
先日里親のことをTVで放送していました。
子供が大きくなったら、私も里親やりたいな。
沢山の子供の手助けをしたい。今のところただの夢にしか過ぎないですが、施設で暮らす子供の基地にもなりたいです。
どんなに離れていても、基地になれるような親でいたいものです。
先日里親のことをTVで放送していました。
子供が大きくなったら、私も里親やりたいな。
沢山の子供の手助けをしたい。今のところただの夢にしか過ぎないですが、施設で暮らす子供の基地にもなりたいです。
神原さん
大人は、ゆるぎない基地にならなければなりませんね。そのためにも、今日の生き方が問われます。
園児達の心にも何か感じることがあったのではないでしょうか?保育園や、学校でもこういうお話をドンドン聞ける機会が増えるといいなと思います。僕がこのくらいの時、こんなことあったかな・・・・
そういえば、いま一部の小学校では給食の時、先生が手を合わせて「いただきます、ごちそうさま」と生徒に言わせることを「宗教教育になるから」とかわりに笛を合図にしている所が増えていると聞いたことがあります。
まあ、言うなというなら、それでもいいんですが、だからといって笛や太鼓でというのは違うように思うのですが・・・・
祈る、感謝するって大事なことなのに・・・
仕方がないことなんでしょうかね?