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11/28/2007 Wed 22:58 |
菩提寺について [2]
作務衣に剃りあげた頭、頭陀袋を持つ私の姿を見て、「お坊さん?」と、乗り込んだタクシーの運転手が、勝手にしゃべり始めた。
昭和40年頃も、東京に出て働くのは当然の事だった、と。 その後は色んな職を転々として、今じゃあ、この年になってもタクシーに乗って稼いでるよ、と。 「曲がりなりにも家庭をもって、息子二人も独立して、今はかみさんと二人暮らし。 家を建てる甲斐性はなかったけど、それなりに楽しかったさ。 たまに見る孫の顔は、嬉しいね。なかなか、会いにこないけどさ。 競馬と酒ぐらいかな、あとは、何年かに一度、旅行する事かなぁ。 あのさ、お墓の事なんだけどさ・・・2年前、故郷のお寺に墓地を買ったんだ。 先祖代々は兄貴が守ってるから、自分たち夫婦のをね。 永代供養ってやつでさ。 息子たちに面倒をかけるのは嫌だし、自分たちの事は自分たちでしようと思ってさ。 かみさんも同郷で、やっぱり、故郷が恋しくてね。 そこのお寺ね、80歳を超えた優しい和尚さんでさ。 かくしゃくとしていて、村の人たちも尊敬してるんだよ。 ただ、跡取りの息子さんが事故で死んじゃって、その娘さんが大学を出たら跡を継ぐって話だったんだよなあ。 でもね・・その娘さんも事故でさ。 和尚さんは、ショックで入院したらしいんだよね。 もう年だしね、跡取りいなくなっちまって。 こんな場合、どうなるんだろう? どこかから、新しい和尚さんが来てくれるのかな? 本山から派遣してくれるのかな? 兄貴から聞いたけど、檀家みんなが気にしているって。 そりゃそうだよなあ。 でもさ、田舎の小さな村だからさ、誰も来てくれないんじゃないかって。 住職さんも息子さんも学校の先生をしながら、お寺をしていたからね。 だから、誰も来てくれないんじゃないかってね。 でもこのまま、お坊さんが来なかったら、お寺やお墓はどうなるんだろう? あのさ、どうなるの?」 心情的には何とか力になってあげたい。 けれどおそらく、現実的な処理が行われる。あるいは、政治的に解決される。 「どうなるのかな。でも、いい方向に転がっていくといいね」 牧師さんは、協会からの派遣で赴任するらしい。 だから、何年かに一度、布教の為に引越しをしなければならない。 記事の続き |
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11/20/2007 Tue 23:32 |
僧形
先日、日本クリスチャンアカデミー関東活動センターで、「対話プログラム」の催しがありました。
テーマは、『死と葬儀 〜宗教はどう係る〜』 講師は、雑誌「SOGI」の編集長の碑文谷創先生でした。私も応答者として参加いたしました。 碑文谷先生の講演<レジュメ有> 1、脆い死の時代 医療化した死の時代 非神話化した死の時代 2、看取りと葬送の問題点 3、宗教者の係わりと必要とされるサポート 時代背景や文化の規制を受けながらではありますが、葬儀の本質とは、いかに、死を受け入れるかであり、その葬送の形も変化する事を教えられました。 応答者ということでしたので、講演に対して、2・3の質問をすればいいのだろうと思っていたのですが、20分程度で、普段の活動を通じての問題提起をしてくださいと、司会の方に求められました。 そこで、出家の経緯や参禅の事、役僧の体験や葬儀・法事の思う事、僧侶や寺院の在り方について考えるところを述べました。 その後、全体の質疑応答のなかで、こんな問いをいただきました。 「供養という形において、<なんとなく落ち着かない気持ち>を利用して、お金儲けをしている宗教者が多いと思うけれども、その点をどのよう考えているのか」 この問いに対して碑文谷先生は、「寄り添う者」をキーワードにして、こんな体験を語られました。 ある日、僧侶との話し合いの中で、「斎場に行っても、遺族が挨拶にこないで、葬儀社が代わりにくることがある」と発言した者がいた。そこで即座に、指摘した。 「それは違う。あなたがた僧侶がまず遺族のところに出向き、話を聴くのが本来だ」 宗教者は遺族の悲しみの同伴者になることを考えるべきだ、と。 次に、マイクを渡され、私はこんなふうに答えました。 「とてもありがたい、厳しいご指摘です。 私自身は、その<なんとなく落ち着かない気持ち>を利用して金儲けはしないぞ、と覚悟をしております。 役僧を辞め、さぁどうしようと困った時、自分の中で芽生えた答えのひとつが、僧形として生きるでした。 つまり、お坊さんとして生きる事です。 じゃあ、そのお坊さんと在俗の方々との違いは何か? それは、ものの見方だと思います。 参禅のお師匠様から叩き込まれたものの見方を、ご縁あるところで説き示す事だ、と。」 38歳、やっと、その歩みをはじめたばかり・・・ 記事の続き |
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07/21/2007 Sat 16:46 |
15年後
15年後、檀家制度は崩壊するという指摘がある。
団塊の世代が死を迎えるにあたり、宗教や菩提寺、葬儀やお墓の在り方を自らの事として考え、自らの答えを出す時間が15年もあれば充分であろう、と。 「寺との付き合いは、親父の代まで」と、役員会で言い放った総代の息子さん。 「霊園にでも、新しくお墓を建てて、お墓の中身を移せばいいんだろ。更地にしろって、言われたってさ、しないよ。無視さ」と、語る猛者。 地域社会は後退し、それに伴い、地方の寺院も衰退しつつある。 寺院の格式が高くとも、檀家が少なければ、寺院も家族も維持し難い。 葬式や法事に頼る現状。 葬祭における伝道布教というけれども、では、布教のみではどうだろう? 東北地方の30歳の副住職さんは、今、東京で出稼ぎをしている。 仕事は、高層ビルの窓拭き。 中国地方の40代の住職さんは、地元で中学校の教師をしながら、年に数度の葬儀と檀務をこなす。 しかし、僧侶としての自分に自信が持てない。 僧形で生きたいと願っても・・・ 職を得るのなら、肉山の役僧か、専門僧堂の役寮しかないではないか。 他宗には、都市開教を支援するシステムがある。 また、葬儀法事に特化した僧侶派遣のシステムを構築しようとする動きもある。 都下のお寺の30年前。 当時の航空写真を見せてもらうと、周りは、田んぼだらけ。 お寺も田畑を持ちながら兼職し、境内には鶏をかっていたという。 檀家も百軒なかったそうだが・・・今では、千軒を越す。 北陸にある14軒の漁村。 故あって、それぞれの家が1億円のお金を手にした時、先祖供養のためだと、その集落にある無住のお寺を建て替えた。一軒均等に1千万円也。 菩提寺を紹介する会社もある。 いいお寺を紹介するらしいが、いいお寺って何? もしかして、会社に仲介料をふんだんにくれるお寺の事かな? 15年後、お寺はどうなっているのだろう? 15年後、私の川崎での活動は、ひとつの答えを得ているだろうか? 動けば、風が起きる・・・その風を信じよう。 記事の続き |
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